病気等で死亡が差し迫った状況で、自筆証書遺言、公正証書遺言といった普通方式で遺言を作成する余裕がない危急時において遺言を残す方法として、作成要件を緩和した特別方式による遺言として「危急時遺言」があります。
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入院加療中に病状にが急変し重篤な状態になった場合、自筆証書遺言や公正証書遺言等の普通方式による遺言を作成している時間的な余裕がありません。このような場合に備えて法は、一般危急時遺言という簡易な方式による遺言を規定しています(民976)。一般危急時遺言の要件は次の通りです。
死亡の危急が迫っているか否かについては、医学的に死亡の危急が切迫している必要はなく、遺言者が主観的に自己に死亡の危急が迫っていると判断すれば足りると解されています。もっとも単なる予想程度では足りません。
なお、遺言者が危急状態から脱して普通方式の遺言ができるようになってから6カ月が経過した場合には、危急時遺言の効力は生じないとされています。本来遺言は厳格な要件のもとに作成されなければならないのが原則ですが危急状態を脱した以上、例外である要件の緩和された特別方式による遺言の効力を存続させる必要はなく、普通方式によって遺言をすることができる状態になったので、原則に戻るのが遺言者の真意を確保するという法の趣旨に沿うからです。
証人の数が普通方式の公正証書遺言の場合(2人)よりも多いのは、一方で要件を緩和しつつ、他方で遺言者の真意を確保することにはならないと法は意図したものと思われます。
証人は欠格事由のない承認適格を有する者でなければなりません。したがって、例えば証人3人の中に推定相続人が1人でもいる場合は、この要件を欠くことになり遺言は無効になります。もっとも、証人適格を有する者が3名以上証人として立ち合い、そのほかに証人適格がない推定相続人らば立ち会ったとしても問題ないと考えられています。なお、証人全員が遺言の最初から終りまで立ち会っている必要があります。
口授とは、言葉を口で話して相手に伝えることを意味しますので、一般危急時遺言をする者には、基本的に口授する能力が必要とされています。もっとも、遺言者が、口がきけない者の場合は、遺言者が証人の前で遺言の趣旨を通訳人の通訳によって申述して口授に代えることになります。
筆記は、口授されたことと一文一句同じである必要はなく、口授の趣旨が筆記されていれば良いと解されています。なお、筆記にはタイプライター、ワープロを利用してもよいと解されています。筆記の場所は、口授とは違う場所でも問題ありません。
筆記したものを加除・訂正する場合には、筆記者及び各証人が変更した旨を付記し、それぞれが署名・押印をしなければなりません。
遺言者又は証人が、耳が聞こえない者の場合は、筆記した内容を通訳人の通訳によって読み聞かせに代えることになります。
証人全員が署名押印をする必要がありますが、押印は認印で構いません。遺言者本人の証明押印は不要です。日付は普通方式の遺言と異なり要件とされていませんので、記載する必要はありません。
なお、証人は、遺言者が生きている間に署名押印をしなければならないとの古い判例(大決大14.3.4)がありますが、証人が筆記の正確なことを承認すれば、たとえ遺言者の死亡した後であっても、その場で署名押印がなされればよい、とする見解もあります。
一般危急遺言は、遺言の日から20日以内に証人の1人又は利害関係人が家庭裁判所に請求して確認を得なければ効力を生じません。これは、遺言が遺言者の真意に基づくものであるか否かを判断するためです。遺言者の真意につき家庭裁判所が得るべき心証の程度は確信の程度に及ぶ必要はなく、一応遺言者の真意に適うと判断される程度の緩和された心証で足りると解されています。なお、管轄裁判所は、相続開始地又は遺言者の住所地の家庭裁判所になります。
突発的な事故の際に走り書きしたメモが見つかることがあります。このような走り書きされたメモによる遺言の有効性が問題になります。
この場合には、自筆証書遺言として認められるのかが問題となります。偶然にも印鑑をもっていて署名押印がなされているものであれば、自筆証書遺言として認められる可能性があります。
この場合、船舶遭難者遺言(民979)の規定を類推適用することができるかに関して争いがありますが、類推適用することができるとする見解もあります。この見解に立つとすると、①証人2人以上の立会いのもとで、口頭で遺言し、②証人が遺言の趣旨を事故後に再度筆記して署名押印すれば、有効な遺言として認められる可能性があります。なお、証人の中に署名又は押印をすることができない者がいる場合には、署名押印できない事由を付記すればよいとされています。
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