自筆証書遺言は、その名称通り自筆(自書)の遺言書を意味しますが、法律(民法)には遺言の方式が規定されており、その規定を満たさない場合には遺言は無効になってしまうため、民法が定める方式を十分に理解して作成する必要があります。
目次
遺言者の最終意思、真意を尊重し、遺言書の偽造・変造を防止するために、民法は自筆証書遺言に厳格な要件を定めています。
自筆証書遺言の要件(民法968条1項)
① 遺言の全文を自書している
② 日付の記載がある
③ 署名押印がある
自筆証書遺言においては、遺言者の真意を確保し、偽造・変造を防止するために、すべて自筆で作成するものとされています。自書が必要な部分については以下の点に留意が必要です。
自書とは文字通り自分で書くことを意味しますので、パソコン、ワープロ、タイプライター等によって作成することや、他人に代筆させることはできません。従って、文字を書くことができない者は、自筆証書遺言を作成することはできません。文字を書くことができない者が遺言を作成するには、公正証書遺言及び秘密証書遺言により作成することになります。
なお、手ではなく口や足を用いて記載することも認められていると考えられています。
遺言の内容を録音したり、ビデオで録画したりしたとしても自筆証書遺言としての要件を満たしませんので、遺言としては無効です。
もっとも、遺言者の思いを相続人である家族に伝えるために、録音したりビデオに録画して残したりすること自体問題はありません。自書した自筆証書遺言と合わせて、録音や録画を残すことは効果的であると考えられます。
カーボン複写を用いた遺言については、カーボン紙を用いることも自書の方法として許されないものではありませんから、自書の要件に欠けることはなく有効です(最判平5.9.14)。
遺言の一部を他人が書いた場合、遺言者の自筆の部分についてまで無効となるか否かについては、争いがあります。遺言者が、第三者が作成した耕地図上に自筆の添書きや指示文言を付記したりして、自筆書面との一体性を明らかにすす方法を講じている場合には、自筆の要件をみたすとする判例もあります(札幌高決平14.4.26)。
平成30年(2018年)の民法改正により、自筆証書遺言に添付する財産目録については、必ずしも自書する必要はなくなり、パソコンやワープロを利用して作成した目録や、不動産登記簿や銀行通帳の写し(コピー)を添付することが可能となりました。
ただし、自書しない目録を利用する場合には、その目録のページ毎に署名、押印しなけれなりません。
日付についても遺言者の自書が必要とされています。日付が必要とされる理由は、遺言作成時の遺言者の遺言能力の有無、内容の抵触する複数の遺言がある場合に、その先後関係を明らかにして撤回の有無を判断するためです。日付がない遺言は無効です。なお、日付印を押しただけでは自書の要件を満たさないため無効となります。
日付の記載方法としては、年、月、日を明らかにして記載します。年は西暦でも元号でもどちらでも問題ありません。日付は遺言の成立の日が確定できれば問題ないので、「令和4年の私の誕生日」、「還暦の日」などという記載でも問題ありません。ただし、「令和4年3月吉日」という記載は日付の特定を欠くものとして無効と解されています(最判昭54.5.31)。
後に争いが生じないようにするためには、できる限り年月日を明記するべきでしょう。
遺言者が錯誤(勘違い)により日付を間違えて記載したものについては、誤記であること及び真実の作成日が証書の記載その他から容易に判明する場合には、遺言を無効とすべきでないと解されています(最判昭52.11.21)。
日付の記載場所については、本文を記載して署名の前に記載されるのが通常ですが、遺言者が遺言の全文、氏名を自書して押印したものを封筒に入れ封印(本文の印と同じもの)し、封筒に日付を自書した場合にも、有効であると解されています(福岡高判昭27.2.27)。
遺言書には、遺言者が氏名を自書しなければならないとされています(民法968条1項)。これは、遺言者の同一性及び遺言が遺言者の意思に基づくものであることを確保するためです。
氏名については、通常は戸籍上の氏名が用いられますが、遺言者の同一性を確保することができれば足りますので、通称、ペンネーム、雅号を用いても問題ないと考えられています。氏名または名のみの記載であっても、遺言のほかの記載内容から遺言者の同一性が分かる場合には、有効と解されています(大判大4.7.3)。
もっとも、要らぬ紛争を招き最終的に遺言が無効になってしまっては、最終意思を実現することができません。従って、署名は、戸籍上の氏名を正確に記載するのが望ましいと考えられます。
自書によらない財産目録を添付する場合には、毎葉(ページ毎)に署名が必要になります。
押印は、原則として遺言者自身がしなければなりません。これは遺言者の同一性及び遺言が遺言者の意思に基づくものであることを担保するためです。
使用する印には格別の制限はなく、実印を用いる必要はありません。認印でもよいと考えられています。指印でもよいと解されています(最判平元.2.16)。もっとも、指印では誰の指印であるのか疑義が出る可能性がありますので、実印を使用するのが望ましいと考えられます。
遺言者が他人に押印を依頼しその他人が遺言者の面前で押印した場合や、入院中の遺言者の指示で遺言者から実印を預かった遺言者の娘が自宅に持ち帰り、自宅で押印した場合にも有効であると解されています(大判昭6.7.10、東京地判昭61.9.26))。
押印の場所については、横書きの場合には氏名の右横、縦書きの場合には氏名の下になされるのが通常でありますが、封筒の封じ目にされた押印でもよいとされています(最判平6.6.24)。また、遺言書自体には押印がなくとも、封筒に記載された氏名の下に押印がある場合にも有効であると解されています(静岡地浜松支判昭25.4.27)。
自書によらない財産目録を添付する場合には、毎葉(ページ毎)に押印が必要になります。
遺言書に用いられる文字、用語については特に制限はありません。かな、漢字、速記文字でもよく、意味内容がしっかりと分かれば略字を用いることもできます。
用紙、筆記具についても格段の制限はありません。遺言書が数枚に渡る場合には、契印するのが望ましいと考えられています。もっとも、全体として一通の遺言書であることが外形的に確認できれば、契印がなくても有効であるとする裁判例(最判昭37.5.29)もあります。
相続ないし遺贈する財産の特定については、既登記の不動産の場合は登記事項証明書(登記簿謄本)の表示をそのまま記載することが望ましいと考えられています。
預貯金の場合は、銀行名・支店名、種類、口座番号を明確にするよう気を付けるべきです。
自筆証書遺言を作成するであれば、読みやすい文字で、明確に、財産の遺漏(漏れ)がないように気を付けるべきでしょう。
また、自分でも遺言書をしまった場所を忘れてしまったり、遺言者が亡くなっても遺族に遺言書をみつけてもらえない可能性もありますので、遺言書を作成していることは予め家族に伝えておくか、令和2年(2020年)から実施されている自筆証書遺言保管制度の利用を検討するとよいでしょう。